「・・・そんなに、離れては濡れてしまう。もう少し、近くに」
祐一先輩はそう言って、私を引き寄せる。
私は胸が高鳴り始めるのを知り、その音が先輩にも聞こえるんじゃないかと思って、先輩を見上げるけれど、
先輩は、いつものように無表情にわずかな優しさや悲しさをたたえて、じっとおぼろげな月を見ていた。
なんだか、その表情を見ているうちに、私の心も平静で温かい、しかしどこか寂しいような気持ちになって、先輩の見つめる視線の先を見る。
霧雨の向こうで月が輝いてる。
私たちは二人で月を眺めていた。こんなに近くに立っているのに、私たちの心は、なんて遠く離れているのだろうと、私は思って。
「先輩は、ずるいですよ」
だから、気がついた時には、勝手に口が動いていた。
「自分は人間じゃないからって、人を遠ざけておくくせに、・・・・・・そんなに、優しくしないでください」
そんな気は全然なかったのに、話し出した途端、涙があふれそうになる。
「・・・・・だが、俺は・・・・・・」
「祐一先輩は、祐一先輩じゃないですか」
祐一先輩は、少し驚いたように私を見て、けれど何も言わないまま・・・・・
「無口で、冷たそうで、なんだか近寄りがたくて、・・・・・でもほんとは優しくて、温かくて、不器用な、私の大切な先輩ですよ」
「・・・・・それ以外の、なにものでもなくて。人じゃないからとか、そんなの、どうだって・・・・・」
祐一先輩は不思議そうに私を見てそれから、静かにまた月を見つめた。
霧雨の中、私たちは二人でお互いの体温を感じながら、ぼんやりと優しい雨に包まれた夜空を見上げている。
そして――。
「・・・・・ありがとう、珠紀」
祐一先輩は静かに、そう呟いていた。
私の頬を知らず涙が一筋流れ、私は静かに一度、うなずいた。
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